■ Photo 紀行


2004年2月24日(火)〜25日(水)
上高地
焼岳
 上高地は、北アルプスの登山基地的存在である。僕は、学生時代に頻繁にここを訪れ、穂高や槍を目指して登ったものである。それも、時期的には、春や夏がメインであった。しかし、厳冬期の上高地には、足を踏み入れたことがない。勿論この時期は、上高地への交通手段はない。手前の沢渡の駐車場に車を停め、そこから釜トンネル手前まで、タクシーやバスを利用して入らなければならない。さらに釜トンネルからは、徒歩で上高地を目指す。厳冬期の上高地は、シーズン中に比べると、アプローチの点で不便で仕方ない。しかし、天候に恵まれれば、これ以上ない程の景色に出会えるのである。機会があれば、是非、その閉ざされた雪の大地に、足跡を残してみたいものだと考えていた。
山行記録
5:50沢渡-6:10釜トンネル【rest0:10】-7:08大正池【rest0:30】-8:55河童橋【rest0:30】-10:30小梨平【小梨平でキャンプし、翌日は往路を釜トンネルへ】

 山仲間のanneさんから「スノーキャンプに行きましょう!」という話があった。当初、関西近郊での計画を考えていたが、せっかくなら「上高地も良いな!」と思った。行くとすれば、天候の安定する3月がベストだったのだが、お互いの仕事の都合上、2月下旬が合わせ易かった。天候の心配もあったが、取り合えず、上高地でスノーキャンプを実施するという、待望の計画が出来上がった。勿論、今回は登山ではなくスノートレッキングなので、のんびり自然を満喫し、写真撮影を楽しむのが目的である。

 23日の夜、仕事が終わってから、堺市でanneさんと待ち合わせての出発となった。天気予報では、連日「晴れ」の予報である。「低気圧が抜けた後、日本付近は、広く高気圧に覆われる」という天気概況が出ていた。「運が良いな!もしかしたら、もしかするぞ〜」気分は、気圧とは逆に上昇気流であった。
 
午前3時45分、沢渡に到着する。周辺は雪が多く、気温は−7度であった。沢渡からはタクシーで釜トンネルへ向かう予定である。予約していた午前6時までにはまだ時間があったので、車内で仮眠を取ることにした。上空は満点の星空で、明日の好天は間違いなかった。

朝焼けの焼岳 穂高連峰
大正池と穂高 河童橋
 午前5時50分、予約しておいたタクシーに乗り、釜トンネルへ向かった。釜トンネル手前の、中の湯付近で、前日雪崩が発生したそうだ。タクシーの運転手さんが雪崩の現場で「これが雪崩の跡ですよ〜。たいした事ないでしょ?これで、何時間も通行止めなんだからね〜。本当に対応が遅くて困りますよ〜」と色々教えてくれた。確かに、雪崩の規模は小さいが、雪崩ガードのフェンスがグニャグニャにひん曲がっていた。同じ頃に、新穂高の方でも雪崩が発生していた。これらの雪崩は、発達した低気圧による大雨と、ここ数日の気温の上昇によるものであった。この時期は、本当に雪崩に気を付けて行動しなければならない。

 午前6時10分、釜トンネル前に到着した。入山届けを提出し、登山の準備を急ぐ。釜トンネルは、昭和8年に開通したもので全長約520m、上高地の入口、中の湯にある。ここから先は、一般車が入ることができない。言わば上高地への「関所」である。内部は岩がむき出しで、高さ・巾とも狭く、急勾配なトンネルである。バスで通ると、車窓のすぐそばに岩肌が迫り、なかなかスリリングだ。今回は、徒歩でこの釜トンネルを抜けて上高地へ向かう。現在、この釜トンネルに接続する新しい釜上トンネルが工事中である為、工事車両の通行も多い。

 午前6時25分。ここから約30分かけて釜トンネルを通過する。薄暗いトンネルを黙々と登った。頭上には、大量の巨大な氷柱があり、その下を歩かないように注意する。トンネル内で途中、建設中の新しい釜トンネルへの分岐に差し掛かる。「歩行者は、こちらへ」の看板があり、建設中の綺麗な釜トンネルへ入る。こちらは、歩道があり安心して歩けるトンネルである。しばらく歩くと、外の光が見えた。その眩しい光に誘われるようにトンネルの外へ。そこは、眩しい程の銀世界であった。上空は快晴で、目の前の焼岳は、上部が朝日で真っ赤に染まっていた。

大正池から穂高連峰 雪崩跡
 釜トンネルを出ると、除雪された県道上高地公園線沿いを、上高地目指して歩く。釜トンネルから大正池までは、常に雪崩発生の恐れがあり、危険箇所には、「雪崩注意!」の看板がある。その看板がある所では、確実に大きな雪崩が発生していた。日が昇り気温が上昇すれば、大幅に危険度は増すので、足早に通過した。大正池まで来れば一安心である。大正池周辺には、沢山のハイキング客が、カメラを持って写真撮影に没頭していた。沢山の人が夢中になって写真撮影するだけあって、ここからの眺望は最高であった。焼岳、穂高連峰が手に取るように見える。気温は低く、耳や手が凍りそうだ。しかし、この素晴しい景色を目の前にして、そんなことくらいで写真撮影を諦める訳にはいかない。僕も、ここ大正池畔で、写真撮影に没頭した。大正池は、1915(大正4)年6月6日焼岳が爆発した時に、火口からの泥流が梓川をせき止め、一夜にして生まれた湖である。水没した森は、やがて立ち枯れて、水面に枯れ木が林立する幻想的な風景は、上高地の代表的な景色として広く知られている。

六百山 小梨平
 大正池から先は、スノーシューを装着し、河童橋を目指した。途中、ウエストン碑の手前で、六百山と霞沢岳の間から昇る朝日が気になった。その太陽から注ぐ光により、梓川沿いのケショウヤナギに付く霧氷がダイヤモンドのように輝いた。その瞬間を逃したくなかった。僕は、夢中で撮影した。

 撮影後、河童橋までのトレッキングを楽しんだ。厳冬期の河童橋は、シーズン中の混雑が嘘であるかのように静まり返っていた。独占状態である。ここでも、写真撮影や記念撮影に、ゆっくり時間を費やした。

 この日のキャンプサイトは、小梨平である。そこはテントが数張あるだけで、静かなキャンプサイトであった。テントを設営し、昼御飯を作ったりして、くつろいだ。時間がたっぷりあったので、河童橋まで出歩いて、写真撮影をしたり、のんびりとした時間を過ごした。ここ上高地は、何度見ても飽きない景色が広がり、言葉では表現しきれないほど美しい。

 翌25日は、来た道を釜トンネル目指して戻った。天候にも恵まれ、上高地でのすばらしい休日を過ごすことが出来て満足である。また、機会があれば再訪したいものだ。

↑カシバードにて作成 「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである。(承認番号 平15総使、第300号)」



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