| ▲大峰プチ縦走▲ |
| 日時:1996年11月15日(金)〜11月17日(日) 山域:大峰山系 人数:4名 責任者:三代 泰孝(当時主将) 『メンバー』 P.L..・医療 溝口 恵司 S.L..・装備 井口 淳平 C.L..・美化 林 直輝 写真・気象 吉田 浩章 『日程』 11/15(金)天川川合-狼平-弥山小屋(幕営) 11/16(土)弥山小屋-行者還岳-七曜岳-国見岳-大普賢岳-小笹の宿(幕営) 11/17(日)小笹の宿-山上ヶ岳-西ノ覗岩-洞川温泉(解散) 大峰山系は、僕のホームグラウンド的な山域である。高校、大学時代を合わせると、数え切れない位、この山域に登った。ここで、山を学び、山を楽しんだものである。中でも、大普賢岳周辺の山域は、特に気に入っている。大学時代、弥山から大普賢周辺への縦走を計画し、実施した。 計画では、2泊3日で、天川川合から弥山、行者還、大普賢と歩き、山上ヶ岳から洞川温泉へ下山するルートを選んだ。山行時期が11月中旬ということもあり、2000M近い標高を持つ大峰山系へは、雪山装備持参の万全体制で、臨まなければならなかった。 このコースは、初日の、天川川合から弥山小屋までのルートが、結構長い。しかも重いメインザックでの山行の為、体力の消耗が激しかった。弥山小屋周辺は、一面銀世界であった。鼻水が凍る程に気温が低く、じっとしていたら、全身が凍りつきそうな勢いであった。旧弥山小屋内で夕食を作り、身体を温めた。テントを小屋の前に張り、そこで一夜を過ごした。 翌日、行者還、大普賢岳を縦走し、山上ヶ岳手前の小笹の宿にて、幕営した。この日が一番辛かったように思う。行者還の急登や、大普賢周辺のアップダウンは、半端じゃなかった。高校時代、この大普賢岳周辺で、近畿大会の予選が行われた。梯子や鎖場が多いこの縦走路を、速度を競って走ったものだが・・・。やはり、重いザックを背負っていると、体力の消耗も随分違うものであった。 最終日は、山上ヶ岳へ登り、洞川温泉へ下山した。とにかくこの合宿は、寒く、辛いものであった。 この縦走は、部で実施される「リーダー養成山行」を兼ねた計画であったが、実際、リーダー養成になったかどうかは、いささかの疑問が残る山行となった(笑)読図、天気図作成、予報等の技術向上が目的というよりかは、体力勝負の合宿と言えただろう。
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★山行記録★
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