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   2004年6月28日(月)〜29日(火)
御前岳オフ
御前岳山頂にて
かつては多くの人々が、森茂の白山権現神社から御前岳へ登り、遠く白山を遥拝していた。しかし近年は、里の過疎化が進み、昭和50年には、麓の森茂部落も廃村となってしまった。以後、登山口へと続く林道でも、土砂災害や雪崩等の被害により、ニノ谷、三ノ谷にかかる橋が崩壊した。また、土砂により林道が流され、一部、渡渉しなければならない箇所も数箇所ある。林道は、ススキや雑草が生い茂り、大自然の姿に戻りつつあった。これらにより、車でのアプローチが不可能となってしまったのである。かつてよく登られた登山道は、藪の中に埋もれ不明瞭となり、御前岳が、登頂困難な山の一つになったと言っても過言ではない。

山行記録
【2004.6.28】 7:52森茂峠-11:08三ノ谷手前幕営地  山行時間 3:16〔休憩含む〕
【2004.6.29】 4:50三ノ谷手前幕営地-8:06御前岳-10:49三ノ谷-14:28森茂峠 
山行時間 9:38〔休憩含む〕

 当初、御前岳への計画は、ネット仲間の服神院さんと秋さんで、約1年前から計画されていた。その話を秋さんより伺った。「登頂困難な藪漕ぎ登山ですか〜」「そりゃ、登ってみたいですね!一等三角点の山ですし!」時間が合えば、是非、登ってみたい山だったので、お願いしてご一緒させてもらうことにした。

 28日の早朝、森茂林道ゲート前に集合した。服神院さん、秋さんは、その日の夕方に到着されていたが、僕は、仕事の関係上、27日の夜遅く着いた。秋さんとは、何度か一緒に山に登っているので、面識がある。今回、服神院さんとは、初めてお会いした。「おはようございます!今日は宜しくお願いします〜。」軽く挨拶をし、出発の準備にかかった。服神院さんも、気さくで明るい方であった。今回は、3年前の夏に単独でこの御前岳へ登られている服神院さんに、登山全般をサポートして頂いた。

 ゲートからは、各々の車に別れ、未舗装の林道を森茂峠まで入る。森茂峠は標高1112m、かつては森茂嶺、名伏峠、名伏嶺とも呼ばれていた。この先へも、車での乗り入れが可能ではあるが、崩壊が激しいと予想される為、ここからは徒歩で、登山口を目指すことにした。森茂峠周辺は、以前の崩壊箇所の修復が進んでいて、整備されつつあった。しかし、森茂橋手前付近の崩壊は激しく、林道が流されて消えている箇所も多かった。そんな中を、渡渉したり、藪を漕いだりして、先を目指した。途中、林道が見事に寸断されており、森茂川の河原を歩かなければならない箇所もあった。「以前は、ここに大量の水が流れててね、500m位の渡渉を強いらされたよ」と服神院さん。この先一ノ谷、二ノ谷、三ノ谷と谷を渡りつつ標高を上げて行く。林道には、多くの木々が生い茂り、大自然の姿に戻りつつあるようであった。藪で覆われた林道を、三ノ谷目指して歩いていると、天候が急変してきた。雷雨である。「三ノ谷手前で、今日は終わりにしましょうか?」「稜線での雷雨も怖いですしね。」ということで、この日は、三ノ谷手前の空きスペースで、幕営することにした。ここは水場もあり、快適なスペースを確保できる場所であった。服神院さんは、前回登られた時に、既にこの場所をしっかりチェックしていらしたのだから、さずがである。ここで、服神院さんを筆頭に、草を刈ったり、水場を作ったりして時間を潰した。又、服神院さんには、三ノ谷までのルート作りもしていただいた。就寝までは、各々夕飯を食べたり、山の話で盛り上がったりと、楽しい一時を過ごした。この日、僕は、林道歩きの際、大切なGPSを紛失してしまった。翌日、帰路にて、服神院さんや秋さんが探し回ってくれたが、見つからなかった。「これは、自分の管理不足ですから・・・。」みなさんにご迷惑を掛けてしまい、申し訳ないという気持ちでいっぱいであった。

白山権現神社址 一ノ谷
テン場作成中 三ノ谷手前の崩落
 29日の天候は回復傾向にあった。午前4時に起床し、素早く準備をした。出発は、午前4時50分。登山口の三ノ谷はすぐそこである。昨日、服神院さんに、そこまでのルート作りをしていただいたおかげで、とても歩きやすい状況になっていた。三ノ谷周辺の林道は、崩壊が激しく、山のように岩石が積み重なっていた。勿論、三ノ谷に掛かる橋は流されている。三ノ谷からは、橋桁近くのガレ場を沢に降り、100m程先にある対岸の台地を目指す。この台地からいよいよ、御前岳への藪漕ぎが開始する。登山口らしき箇所には、以前、服神院さんが付けられた赤のテープが残っていた。これが、良い目印になる。笹、バラ、タラの木、雑木等を掻き分けながらの苦しい登山である。勿論、ルートなんてものはなく、地図とコンパスで方向を決め、突進するのみである。御前岳への登りのポイントとして、服神院さんより「登りは右へ右へ意識して上ってください!」と何度も説明していただいたので、それをもとに「右へ右へ!」を意識しながら登った。御前岳へ続く尾根は、左方面が緩やかな為、右への意識があっても、徐々に左に体が向いてしまう。これは、緩やかな斜面の方が感覚的に楽に感じる為である。その都度、服神院さんより指示があり、右方向への意識を強め、所々に目印となる赤テープを付けながら登った。とにかく、道なき道を登るという、苦しい登山であった。刺のある木々も多く、強烈な藪漕ぎを強いらされ大変だったが、ここは根性で登り切らなければならない。途中で何箇所か、古い登山道らしきルートを発見するも、あっと言う間に藪の中に消えてしまう。藪を掻き分けながら登ること2時間で、尾根の中間付近の岩場に出る。そこをクリアすれば、今度は背の高い笹薮が待っている。ガスっていて視界が利かない場合には、要注意箇所であろう。しっかりと目印を決めて登る。この辺りからは、御前岳手前にあるピークが近い。このピークは、必ず、右(東)斜面を通過して登るようにしなければならない。このピークを過ぎると、目の前に御前岳の頂が見え始める。「待望の一等三角点まで、もうすぐだぞ!」と思うも、背の高い笹藪に阻まれ、思うように登ることができない。目の前の山頂が、かなり遠い存在に感じられた。笹を苦労して掻き分け、ついにその頂に立った。「ありました!三角点が!!」待望の一等三角点を目の前にし、達成感と満足感が、ピークに達した。「お疲れ様でした〜。有難うございました。」山頂では、服神院さん、秋さんとともに記念撮影をし、しばらく登頂の余韻に浸った。この日の山頂からの眺望は、雲が多く、すっきりしないものであったが、そんなことはどうでも良かった。この頂に立つことが出来ただけで、大満足である。御前岳の山頂で、3人揃って撮影した写真は、僕の一生の宝物となるだろう。

御前岳 登山口
一等三角点 二ノ谷の崩落
 山頂で、しばらく休憩した後、下山の準備をした。下山は、登りよりもルートを見失いやすいので、気を引き締めながら下った。目印としては、尾根の中間付近にあった岩場を目指せばよい。登りは、「右へ右へ!」の意識が必要だったが、下りは、その逆で「左へ左へ!と意識しないと、間違いなく三の谷方面へ下り、永久に帰れなくなくなり、危険だ。」と服神院さからの指示があった。服神院さんが、登りの際に、植木鋏でルート周辺の藪を刈ってくれていたので、その切り口を探しながら、慎重に下山した。切り口や赤テープを探しながら下るも、何度もその目印を見失った。その都度、3人でルートを探しながら下った。服神院さんから「ルートが不明瞭になった時は、ジグザグに下山すれば、必ずルートが見つかる筈だ!」との指示を受けた。勿論、登りよりも下山は、より神経を使う苦しいものであった。

 三ノ谷迄下山した時は、無事下山することが出来たという、安堵の気持ちでいっぱいであった。その後、昨日の幕営地まで戻り、テントの撤収をし、林道を森茂峠まで戻り、そこで解散となった。今回は、素晴らしい山に、素晴らしいメンバーと共に登ることができ、大満足だった。今までに、今回ほどの達成感を感じた登山があっただろうか?答えは、勿論「ノー!」だ。苦しい登りと、難しいルートファインディングをクリアしてこそ得れるこの達成感は、いつまで経っても忘れることはないだろう。

 服神院さん、秋さん、今回は、本当に有難うございました。また是非、ご一緒しましょう!
最高の思い出が作れましたし、素晴らしい経験が出来ました!(^^)!

 服神院さんの記録
 秋さんの記録

コースマップ (GPS軌跡)↑Click カシバードにて作成
「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである。(承認番号 平15総使、第300号)」

今回参加のメンバー
服神院さん

我が登頂の山々
秋さん
ちょっと山にいます。



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